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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)3087号 判決 1994年4月26日

主文

一  被告は原告に対し、金一億〇一五一万六二二一円及び内金七七七五万八二二一円については平成二年一月三一日から、内金二三七五万八〇〇〇円については平成二年一二月二一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

一  原告が証券会社である被告に対し、被告の今池支店長沖田耕三及び支店長代理永井弘三の勧誘により、平成二年一月三〇日に一億一一〇八万三一七四円を入金したこと及び同年一二月二〇日に原告主張の内容の本件株式を預託したことは、当事者間に争いがない。

二  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  被告(本店所在地は名古屋市)の今池支店は平成二年一〇月初めに開設されたが、沖田耕三はその初代の支店長であり、永井弘三は支店長代理であつた。

原告は、福本興業の商号で建設業を営んでいるものであり、被告と取引する二年位前から三洋証券名古屋支店との間で株式の一任勘定取引をしていた。

2  沖田支店長は、平成二年九月ころ原告を紹介され、原告に対し今池支店での取引を勧めた。

原告は、初め資金がないとして取引に消極的であつたが、平成三年一月二四日に取引を開始し、同日ファーストクレジットの株式一〇〇〇株を七五二万円で購入した。

3  原告は平成二年一月三〇日被告に対し、沖田支店長らの「年利一一パーセントで運用」する約束のもとに一億一一〇八万三一七四円の本件金員を預託した。

それは、沖田支店長及び永井支店長代理から原告に対し、元金を保証し利息を付けるので原告の金を運用させて欲しい旨の度重なる依頼があつたので、原告の三洋証券での利回り保証が年利一〇パーセントであつたことから、沖田支店長らが最低利回り年利一一パーセントで運用することを保証し、被告が株式や転換社債等で二年間運用するものとして、原告が被告に対し売買一任勘定取引を依頼したものである。沖田支店長らは、利回り保証をして証券取引をすることは証券取引法等で禁止されていることを承知していたが、支店の業績を上げるために本件利回り保証約束をしたものである。

4  そして、本件金員預託に際し、沖田支店長及び永井支店長代理はそれぞれ「年利一一パーセント運用」と書面に記載して原告に交付した。

原告は被告宛の信用取引口座設定約諾書に署名捺印して沖田支店長らに交付したが、売買一任勘定取引の契約書は作成しなかつた。

5  その後、沖田支店長らは原告名義で株式取引を行い、被告今池支店から原告に対し、株式の売買報告書や信用取引建玉管理表等が送付された。

6  原告は平成二年一二月二〇日被告に対し、沖田支店長らの「年利一一パーセントで運用」する約束のもとに別紙株式目録記載の「オカモト」など五銘柄の本件株式を預託した。

それは、原告名義の信用取引において欠損が出て担保不足となり、沖田支店長らは原告に対し追加資金を要求したところ、原告に資金がなかつたため、原告は本件株式を当時の時価三三九四万円で評価して預託することとしたものであり、沖田支店長及び永井支店長代理はこれを平成二年一二月二一日から最低利回り年利一一パーセントで運用することを約した書面を作成して預かつたものである。

7  被告は、平成三年六月中旬ころ、沖田支店長らが原告に対し年利一一パーセントの本件利回り保証約束をして売買一任勘定取引をしていることを知り、沖田支店長を同年八月七日付で懲戒解雇し、永井支店長代理については減俸処分とした。

8  原告と被告との取引については、原告は平成三年九月から残高がマイナス(被告の立替金勘定)となり、平成五年九月三〇日現在の残高はマイナス二一七五万〇二〇四円となつている(被告において未決済の状態にある)。

ただし、原告の口座には保証金残高三〇万三三八〇円があり、被告は本件株式を含め一〇銘柄の株式(平成五年六月一日現在の評価額合計四〇六七万円)を保有している。

右の事実が認められる。

三  右事実によれば、原告は被告に対し、被告の沖田今池支店長及び永井支店長代理による「最低利回り年利一一パーセントで運用する」旨の約束のもとに、株式等の売買一任勘定取引をするため本件金員及び本件株式を預託したものである。

被告は、沖田支店長らの記載した「年利一一パーセント運用」との文言は株式運用における努力目標を示したにすぎないものである旨主張するが、《証拠略》により、右はいわゆる利回り保証の約束であることが明らかである。

四  ところで、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法は、有価証券の売買その他の取引について証券会社による損失保証や利回り保証を禁止していた(五〇条一項)。

そして、右改正後の証券取引法(平成四年一月一日施行)及び平成四年法律第八七号による改正証券取引法(以下、条項は現行法による)は、五〇条の三第一項において、証券会社が顧客に対し事前又は事後の損失保証や利回り保証の約束をすること及び実際の損失填補や利益の提供を禁止し、同第二項において、顧客が証券会社に要求して前項の損失保証等の約束をすること及び利益等を得ることを禁止し、更に右各違反に対し刑事罰を科し(一九九条、二〇〇条)、また顧客が受けた利益について没収・追徴すべきこと(二〇〇条の二)を規定した。

五  原告は、本件利回り保証契約に基づく金員支払請求権がある旨主張する。

しかしながら、本件利回り保証約束がなされたのは右証券取引法の改正前のことではあるが、証券会社が顧客に対し損失保証等の約束をすることは、投資家の自己責任の原則に背馳し、しかも証券市場における公正な価格形成機能を阻害するおそれがあり、かつ投資家間に不公平感を生じさせ一般投資家の証券市場に対する信頼感を喪失させるものであつて、それは公益性の高い証券市場の公正にかかわる事柄であることから、法改正の前後を問わず公序良俗に反するものとみるべきである。したがつて、本件利回り保証約束は公序良俗に反し無効である。

そして、前記認定事実によれば、原告は沖田支店長らに対し、本件預託金を基に被告が証券取引を一任勘定で行うことを承諾していたものであり、その取引の結果、原告の残高はマイナス(被告の立替金勘定)となつているものである。

そうすると、本件利回り保証約束の有効であることを前提とする原告の主位的請求は理由がない。

六  次に、原告は、契約時において有効であつた契約が証券取引法の改正により無効となつたから、不当利得返還請求権に基づく金員支払請求権がある旨主張する。

しかし、前記のとおり本件利回り保証約束は本件当時においても無効であつて、法律が改正されたことにより無効になつたものではないから、これが有効であつたことを前提とする原告の請求は理由がない。

そして、本件利回り保証約束が無効であつても、原告と被告間における証券取引自体は、原告において沖田支店長らに対しその取引を被告の一任勘定で行うことは承諾していたものであり、これを無効とまで解することはできない。

したがつて、被告が原告から受領した本件金員及び本件株式は法律上の原因なくして利得したものということはできず、原告の不当利得に基づく請求は理由がない。

七  そこで、不法行為に基づく損害賠償請求について検討する。

(一)  前記認定事実によれば、被告の支店長及び支店長代理の地位にある沖田及び永井は、新規に開設された支店の業績向上のため、利回り保証約束をして有価証券取引を勧誘することが法により禁止されていることを知りながら、かつ年利一一パーセントでの運用をすることが実現できない可能性が十分にあることを承知しながら、「年利一一パーセントで運用」する旨書面に記載して約束することにより、積極的に原告の判断を誤らせる勧誘をなして原告に本件金員及び本件株式を交付させたものであるから、右沖田支店長らの行為は不法行為に該当するというべきである。

(二)  そして、原告の損害については、前記認定事実によれば、原告が沖田支店長らに対し、平成二年一月三〇日に一億一一〇八万三一七四円を交付したときに同額の損害を被つたものであり、また、同年一二月二〇日に本件株式を交付したときに三三九四万円(当時の時価換算額であることは争いがない。)の損害を被つたものというべきである。

被告は、原告の損害額は未確定の状況にある旨主張する。

しかし、原告は沖田支店長らの不法行為により、右交付の各時点において、その不法行為がなければ交付しなかつたであろう右各財産を交付することによつて同額の損害を被つたものと認めるのが相当である。

したがつて、右損害に対する遅延損害金の発生時期も、不法行為のときから発生すると解すべきである。

(三)  被告の過失相殺の主張について検討するに、証券取引は本来顧客の自己責任によりなすべきものであり、利益も高い反面損失の危険も多い取引であるところ、原告は建築業を経営し、本件取引により約二年前から三洋証券においても本件と同様の取引を行つていて相応の判断力と経験を有していたと認められること、沖田及び永井は当時被告の今池支店長及び支店長代理の地位にあつたこと等の諸般の事情を考慮すると、原告の損害については三割の過失相殺をするのが相当であると判断する。

そうすると、原告の損害額は七七七五万八二二一円及び二三七五万八〇〇〇円の合計一億〇一五一万六二二一円となる。

(四)  そして、沖田支店長らが被告の使用人であり、本件不法行為が沖田支店長らの職務行為の一環としてなされたものであることは明らかであるから、被告は民法七一五条により原告に対し、右損害の賠償責任がある。

八  なお、被告は、本件事案は損失填補等禁止の適用除外を定めた証券取引法五〇条の三第三項の「事故」に該当しないから、本件利回り保証約束がなされたことを理由として被告に対し支払を命ずることはできない旨主張する。

しかしながら、被告の原告に対する右賠償義務は利回り保証の履行義務ではなく、その履行行為は不法行為に基づく損害賠償義務の履行である。証券取引法は、法改正前になされた不法行為に基づく賠償義務が裁判所により認められる場合の証券会社の義務履行行為まで禁止しているものと解することはできない。

したがつて、被告の右主張は理由がない。

九  以上によれば、原告の本訴請求は、主位的請求原因及び第二次的請求原因はいずれも理由がないが、第三次的請求原因である不法行為による損害賠償請求権に基づく請求は金一億〇一五一万六二二一円及び内金七七七五万八二二一円に対する平成二年一月三一日から、内金二三七五万八〇〇〇円に対する平成二年一二月二一日からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 窪田季夫)

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